尾瀬ケ原の半夏抄

高原の　夏のドライブ　目にやさし
　　　待宵草の　花の漣

高原の　休み処の　夏の香は
　　　焼きもろこしの　熱き誘惑

鎌田から　戸倉へ至る　道の辺に
　　　優しく迎う　女郎花かな

沢に沿いて　若葉の命　輝けば
　　　木漏れ日の中　風の揺らめく

谷間縫う　徑の曲がりの　出合いには
　　　白樺明し　鳩待峠

　涼しさを　峠に残し　尾瀬の夏

尾瀬ケ原に　道草食いつ　下りゆけば
　　　飾り気のなき　槐の小枝

強力の　一歩一歩は　木道に
　　　背負庫の重み　直に伝える

尾瀬ケ原へ　汗して下る　道半ば
　　　やれ小休止　獅子頭かな

　羊歯族の　夏のおめかし　初衣

鶯の　渡りの声の　すがしさに
　　　拭い忘れて　汗一雫

背伸びして　花咲かせたる　獅子独活の
　　　拠水林より　望む草原

名を聞けば　悪しきイメージ　山鳥兜
　　　今見るかぎりは　気高き花や

山ノ鼻の　短き夏の　子育てや
　　　精一杯に　燕飛び交う

夏草の　繁みの中の　九階草
　　　人招かんと　穂並みの揺らぐ

女生徒の　声する辺りに　尾瀬沼薊
　　　好きとか云いて　自ら笑う

吾亦紅の　実に止まるべく　赤とんぼ
　　　共に揺られて　時の流れに

木道の　我等の前を　横切りて
　　　鬼ヤンマ殿　悠々と行く

尾瀬ケ原に　蝶一匹を　見付しが
　　　野に立ち寄らぬ　旅のひとりか

拠水林を　形作りし　白樺の
　　　写真もよきが　また訪ねたき

白雲の　夏を装う　旅姿
　　　燧ケ岳の　中空に浮く

尾瀬ケ原に　しかと根づきし　谷地柳
　　　緑色濃き　夏の装い

ひつじ草に　負けじとばかり　河骨の
　　　黄色の花の　一輪咲きて

　池塘巡る　小糸蜻蛉の　影薄し

覗き込む　人の目などは　気にもせず
　　　イモリの悠々　池塘漫遊

あれやあれ　おたまじゃくしを　見つけたる
　　　蛙になるは　夏の終わりか

　大人びぬ　おたまの夏を　案じつつ

木道を　外れて付けし　足跡の
　　　一千年は　回復難しか

木道で　挨拶交わす　子供らと
　　　夏の休みの　学習体験

図鑑手に　名を覚えれば　友なりき
　　　君は水辺の　華金光花

名を知れば　なお面白や　草花の
　　　監視人をば　先生にして

湿原の　秋へ誘う　水菊は
　　　黄色い花の　しおらしさゆえ

草原の　深山は秋の　麒麟草
　　　人恋う後の　寂しき心

爽やかな　風に立ち待つ　岩菖蒲
　　　白き帽子の　恋人に似て

夢にしても　籠一杯の　車百合
　　　捧げんひとの　野辺に居りせば

何となく　淋しげにして　蕎麦菜みゆ
　　　尾瀬湿原の　夢二美人画

野の旅の　無事を祈れる　尼ならん
　　　尾瀬に所縁の　擬宝珠の花

紫の　衣を纏う　沢桔梗
　　　写真撮るべく　順番を待つ