駿河蜻蛉の風来（１）

騒がしき　世の中なれど　われ妻に
　　　言われしほどの　極楽蜻蛉よ

新成りの　蜜柑を食めば　ふるさとの
　　　山の恋うるゝ　喉仏かな

それぞれに　生きてし越さん　四十坂
　　　語らい継ぐは　旧き友がら

その時は　末のことども　頼りなく
　　　今知りたるは　良き父母として

かの時は　時効となのて　口軽く
　　　わが青春の　マドンナ語るも

口の端の　ビールの泡の　語らいは
　　　夢二美人を　誉めてやまざる

かにの家に　同窓の友　集まれば
　　　三十二年の　昔に還える

貧しくも　充実せしや　青春の
　　　幼心を　語る楽しき

つれづれに　本棚の床　繕えば
　　　香珀の文集　なかしくみゆ

思わずや　便りありけん　うれしさは
　　　四十九にして　功なかりしも

久方の　邂逅のあとの　つれづれに
　　　清き瞳の　語らい憶ゆ

花香る　浅見が園の　紫は
　　　雲居の晴れし　月にはじらう

ともどもに　分かち合いにし　楽しみの
　　　記事いずる日を　指折りてみん

古き友と　山の話しに　興ずれば
　　　かの浜石岳に　ときめき想う

散るもよし　残るもけだし　花桜
　　　宴の後に　盛会しのびつ

花なれば　散りて香りの　移りしを
　　　芙蓉に留めん　舞扇の君

友にして　一夜を語り　明けぬれば
　　　朝食のうまし　味噌汁の味

付き合えば　楽しき時を　創る君
　　　店も栄えて　万来の客

故郷の　八十八夜は　茶の香り
　　　友を想えば　吐月峰に遊ぶ

育みし　子の巣立ちをば　待つほどに
　　　怯むことなく　親を越えゆく

家を守る　主婦となりても　吹く方を
　　　東風と思えば　鶯渡る

君にして　興せし事業　つつがなく
　　　働くひとの　明かりとなりてや

花を友に　過ごす楽しみ　増しゆけば
　　　心は青き　花精のごとくに

時ともに　花の姿は　移ろえど
　　　常葉の香り　永久に残れる

いまもなお　元気印の　旗掲げ
　　　ガールスカウトに　心を洗う

歌詠みの　旅人となれば　桃源の
　　　道を巡りて　水鏡をみる

初物の　蜜柑の皮を　むきおれば
　　　青春の日の　残り香淡き

他郷なる　奇岩の眺め　興ず間に
　　　猿声残して　軽舟過ぐる

水面とぶ　桶ケ谷トンボよ　ふるさとの
　　　友に乾杯　いざ飲まんかな

住み古りし　町並み描く　スクラップに
　　　脱皮の前の　往時を偲ぶ

油の山の　宴に添えし　語り草
　　　学舎の灯りに　寄せる思いを

油の山の　宴を終えて　酔い覚めの
　　　身に飄々と　想い過ぎ行く

敗れては　武神もあわれ　竜爪の
　　　岩の苔さえ　枯れて今なし

冬山の　辺りさびしく　なりければ
　　　ひとすじ棚引く　煙り恋しき

柔らかき　光の影に　寝そべりて
　　　君想いつつ　口笛ぞ吹く

茜さす　御山の影や　逆さ富士
　　　日本平に　誇るふるさと

　山あかね　沈魚落雁　逆さ富士

その裾に　霞み立ちけり　富士の山
　　　駿河の秋の　海の静けさ

振り向けば　女子学生の　一団の
　　　静岡訛りの　懐かしき顔