駿河蜻蛉の風来（２）

若年寄りが　子に託したる　恥じらいの
　　　超越の碑に　三度まみえば

　時満たず　笹鳴きばかり　憶えけり

千幾余の　春秋経たる　巨き木の
　　　なお一日を　活きて愉しむ

　巨き木の　精あやかりて　蟻の道

凡夫なれば　慈眼に浴す　観音に
　　　願うは千手の　神通の力　

竜華寺
　

石段の　十七曲がりに　汗すれば
　　　東照宮の　神官まぶし

　神官の　歩みのゆらぎ　稚児の列

泥田区切る　矢板の畔に　とんぼ釣り
　　　弥生の子らの　居るはまぼろし

　弥生人も　ついみとれしや　赤とんぼ

いかにして　廃虚となるや　登呂遺跡
　　　弥生のひとの　洪水の難

久能山
　

聞こえるは　ただ竹林の　風の音
　　　庭の借景　昼の月影

　人並みに　雲間の月に　極まれり

喉越しの　良さにつられて　とろろ汁
　　　重ね重ねの　もう一杯

口に甘き　きなこの味に　こだわれば
　　　安倍川餅の　柔らかきこと

吐月峰
　

幾度の　怨みを買うも　東海の
　　　親知らずとて　世に聞こえける

雨降れば　鬼神もひとを　試すらん
　　　切り立つ岩の　物言うごとく

車にては　苦もなく越えし　宇津ノ谷の
　　　峠に出逢う　謦咳の友

　万葉の　碑に蔦の這う　ど根性

落ち葉散りし　御社の径　清めんと
　　　たけばき会の　老いも若きも

大崩海岸
　

宇津ノ谷
　

池巡る　庭の影さす　賎機の
　　　山の精気に　問答予感

家康の　幼な心を　試すべく
　　　参禅ありて　道を得たるや

肩組みて　蛍雪歌う　はらからと
　　　仮面を脱ぎて　顔見合わせる

　赤ら顔の　皺ほぐしてや　花の宴

静岡は　朝霧の中　活きづきて
　　　賎機山から　みる街がいい

ひさびさに　親子し訪えば　ふるさとの
　　　山の端さして　鶯渡る

陣取りて　老いも若きも　花見酒
　　　人さまざまに　誘う酔態

臨済寺
　

公園の　木漏れ日綾に　縫うごとく
　ハゼの落ち葉を　老女選べり

聞き慣れし　名前なれども　植木市に
　　　装う花の　出逢い楽しき

波に立てば　砂の仮城　洗われて
　　　残りしものは　機竿の影

駿府城址
　

いずこより　生まれ来たらん　中の州に
　　　仏と臥する　雨後の流木

子らにして　遊びし川と　憶えしも
　　　岳たる堤　馴染まざりけり

今見れば　箱庭に似る　大プール
　　　飛び込み台の　残像あるも

その昔　ラムネを買いし　駄菓子屋の
　　　ストアと替わりて　浦島気分

香焚ける　小鹿の里の　法傳寺に
　　　祈念の御霊の　安らぎをみる

安倍川
　

大　浜
　

通い慣れし　葵文庫へ　道すがら
　　　蜻蛉添い飛ぶ　青春群像

放課後の　道草に継ぐ　楽しみは
　　　葵文庫に　秘め事思う

新川も　暗渠となれば　是非もなき
　　　羽黒蜻蛉よ　いずこにおわす

おにやんまを　見たということ　告げし折り
　　　後の祭りへ　話題は続く

お目当ての　蜻蛉は釣れず　帰る子の
　　　ザリガニ二匹　思わぬ獲物

弱りきて　垂れたるままの　銀蝶に
　　　蜻蛉の目玉　疎ましくみゆ

畔駆ける　子に追われたる　シオカラは
　　　田一枚の　縄張りの中

夕凪の　安倍の河原の　群れトンボ
　　　何とはなしに　秋へ誘う

夕焼けに　とんぼとんぼと　はしゃぐ子や
　　　童謡世界は　今も変わらず

ふるさとの　花の宴を　幾度か
　　　重ねて想う　よき日良き友

ひとのみな　知識を頼り　駆けるとも
　　　性善説を　信じたきわれ

この岸に　佇みていま　静心
　　　おぼろおぼろの　月のぼるみゆ

老いの身を　案ずるほどに　風鈴の
　　　音のさやかさ　しみじみと聞く

今は遠く　霞みし方に　富士の山
　　　いかにかありなん　友ぞおもほゆ

花椿　土に還りし　母に捧げて
　　　思い新たに　ふるさとを出ずる