珈琲の誘い

つれづれの　コーヒーブレーク
ひとりして　庭に佇み
ブラックの　苦き一口
味わえば　思いの中に
若き日の　喫茶通いの
田園へ　しのびあいにき
面影は　眼に残して
涙した　チゴイネンワイゼン
時は流れ　夢か現か
君は今　心にありて

珈琲を　飲み干すほどの　おしゃべりは
　　　途切れ途切れの　人生模様

花時の　美まし眺めを　夢見つつ
　　　藤棚繕う　冬支度かな

庭石を　無二の友とて　ハイビャクシン
　　　冬を越さんと　緑のコート

真似事に　座りてみれば　お茶席の
　　　四囲に微かな　時めき伝う

侘び椿　椎津の茶室の　掛け軸の
　　　無事のひとこと　しみじみ思う

かりそめの　主人となりて　茶を点てる
　　　ぎこちなき手は　他人様のごと

所作終えて　御点前誉める　ことどもを
　　　かたじけなくも　心得に聞く

幼な児の　型を繕う　御点前の
　　　有終の美に　躾継ぎゆく

お茶室に　挨拶すれば　掛け軸の
　　　無是無不是それ　道なけなくに

未熟なれば　事の次第は　ままならずも
　　　心安らぐ　一服のお茶　　　　　　

庭に咲く　花虎の尾の　一叢は
　　　寿老のふたり　慈しむほど

所望する　木賊の株分け　快く
　　　御亭主お庭の　土弄り好く

菜の花は　目に優しくて　分離帯
　　　十六号の　早春の景

波立ちし　冬衣の浜辺の　竹岡に
　　　鳶舞いおり　富士は霞みて

那古寺の　槙の古木に　実を探す
　　　目白の番いを　葉隠れにみゆ

スダジイの　極相林の　那古山に
　　　和泉式部の　塚は朽ち行く

層を成す　牡蠣の化石を　訪ねみん
　　　平久里川の　岸辺篠原

乃木坂の　街の喧騒　打ち消して
　　　社叢の一員　棗記念樹

黒塗りの　粗屋をかこつ　お屋敷の
　　　庭一隅に　白き山茶花

元帥の　逸話にありし　馬小屋は
　　　赤きレンガを　今に伝える

元帥の　質素を旨に　庭守りの
　　　箒休めて　語る敬愛

あまりにも　管理されたる　江戸川の
　　　芝生一面　雑草なき土手

せわしくも　五本の竿を　操るは
　　　今時似合う　マスプロの釣り

轟音は　糸引くごとく　江戸川の
　　　長き鉄路を　電車の過ぎる

一条の　波は岸辺に　打ち寄せて
　　　遊覧ボートの　一隻通る

丹精の　甲斐なく雨に　散りぬれば
　　　再び目見ゆ　善き日観梅

憂かりければ　桜の花の　華やぎも
　　　道に散り敷く　芥のたぐい

海原に　梶を失い　漂えば
　　　その波のほか　頼れるなきに

日のたちて　嶋影を見し　うれしさは
　　　起死回生や　白波の立つ

人影も　まばらな皇居の　昼休み
　　　松原越しの　ビルは霞めり

絶え間なく　車の音の　響きいて
　　　皇居といえど　ざわめきの中

群れ鳩の　仲間となりて　餌を漁る
　　　都会雀の　逞しきこと

生き延びし　公孫樹の余生　安かれや
　　　大震災を　記憶に留むも

ハチ公の　待ち合い久しく　時を経て
　　　今日見る君は　少しくやつれて

塩煙草の　博物館に　魅せし君の
　　　眼の中の　高校時代

どぜう屋に　定食頼める　君をして
　　　所帯染みたる　婦人となりてか

街並みも　華やぎの内に　様変わる
　　　記憶の彼方の　旧き名呼ぶや

陽の下に　活きたる人を　好く由も
　　　歌詠むばかりの　吾れ月のひと

花として　散るを好むと　喜寿の書に
　　　そは望月の　芳情の頃

燕の　雨の直中　時を得て
　　　思いの丈を　傾し飛ぶみゆ

書をみれば　秋の七草　古の
　　　花の憶いに　野をなつかしむ

書にありて　自在の心　如何せん
　　　筆の運びは　無ケ礙の思い

芳樹花自落
小林朴翠先生の書

燕斜飛
菊川翠玲先生の書

あきの七草
久保翠雪先生の書

無ケ礙
山本翠鷺先生の書