嵯峨野めぐり

嵯峨駅を　車の初めに　振り出せば
　　　相合傘の　京ふたり旅

小糠雨に　そぼ濡れて観る　天龍寺
　　　枯山水の　蓬莱の庭

嵐山と　亀山に負いし　借景の
　　　曹源池に降る　白糸の雨

池を望む　松の姿は　老鶴の
　　　魚を啄ばむ　しばしの憩い

　松の木へ　雨除けはかる　濡れ鴉

熊笹に　眠るがごとく　臥す虎の
　　　石と変わりて　現の今は

　山鳥の　声奮わせる　笹の雨

嵯峨野縫う　自然歩道に　寛げば
　　　羊歯の仲間の　獅子頭みる

竹林に　日の差しくれば　径ゆきし
　　　斑の影や　写像のゆらぎ

静もれる　森の小道の　時めきは
　　　不意の羽音や　山鳥の芸

暴れたる　昔語りの　桂川
　　　治めし翁は　いま花の中

大人びし　京の子供等　つれなくて
　　　道尋ねれば　わかりまへんな

石段を　数え忘れて　立ち見れば
　　　嵯峨野の眺望　街の広がり

　鐘の音の　竹風に乗り　野を下る

一条の　滝に秘めたる　寂光は
　　　音に聞こえて　手を合わすまで

小倉山の　名に相応しき　御寺なり
　　　常滑の苔　輝くばかり

朽ち木さえ　所を得たり　二尊院の
　　　境内に立つ　絵になる風景

かくもまた　人垣作る　二尊院に
　　　心に染みる　歌碑多くあり

平成の　御代はいまだ　若かりき
　　　行幸記念の　花水木ふたつ

来てみれば　軒瑞の松の　元気さよ
　　　捻じれ根方を　悼むものかは

少女ひとり　幸せの鐘　打ち撞けば
　　　ひとりは写真を　撮りて微笑む

老い人が　傘を杖とて　墓参り
　　　上人の徳　今に伝えて

床の間に　季を彩る　桃の花
　　　かすみ草を　天地に置きて

面白き　名前に惹かれ　取りし蕎麦
　　　一口づつを　食べ比べたり

　つくばいの　音三方に　みずぬるむ

実の落ちし　かの柿ノ木か　垣越しに
　　　見上げるばかりに　天を突く枝

　去来知らず　何代目かの　若き梅

　道行けば　きしみ鳴きたる　竹の秋

嵯峨野路の　そぞろ歩きの　羨しさは
　　　竹の軋みの　風と出合いて

学問の　神と知りなば　女学生の
　　　群れて祈るは　賑やかなこと

弥生とて　氷雨は寒き　中之島に
　　　鴎は飛ばず　水面に群れる

雨になりて　花冷えのする　昼下がり
　　　渡月橋に　人通りなき

通う人も　少なかりしや　豆蔦の
　　　石垣に生うる　大悲閣道

水淀む　千鳥が淵の　屋形舟
　　　櫓を漕ぐ人の　掛け声響く

山鳥の　鳴く声聞けば　さみしかり
　　　大悲閣道へ　人影はなく

歩き疲れ　京洛庵の　一服は
　　　桃陸の里の　京菓子うまき

豊後梅は　花時を待つ　三分咲き
　　　虚空蔵へ　十三まいり

侘び助の　花キャンバスに　息づきて
　　　絵を描く人の　ゆかしさをみる

亀の井の　水一口を　味わいて
　　　長寿を願う　安き延命

神宿る　岩集まりて　妙ならん
　　　盤座の庭の　あやし静もり

ゆったりと　水は流れて　下り行く
　　　曲水の庭の　粋な極まり

今度また　休みどころの　注文は
　　　みたらし団子に　京の甘酒

聞き入れば　呼び交わし合う　鈴虫の
　　　音色の違う　それぞれの声

寂しさが　なお増すばかり　竹林に
　　　季節外れの　鈴虫の声

台杉の　整枝されたる　立ち姿
　　　京の屋敷の　庭の一席

何想う　十六羅漢の　禅定に
　　　庭の主木の　椿の奢り

木々の間の　石組みあやし　苔を敷く
　　　庭の静けさ　十六羅漢

五階なる　ホテルの窓の　パノラマは
　　　雪化粧せる　連山の嶺

あたごさんは　白き衣に　包まれて
　　　朝の日に映ゆ　弥生の七日

床の間に　京を飾りて　もてなすは
　　　紫の菊　白の雪柳

嵯峨の夜は　光の帯を　織るごとく
　　　丸太通りに　杼の走る

真新し　供花をみれば　三地蔵や
　　　厚き信仰　今に継がれて

経蔵を　一巡りして　よしとせる
　　　現代人の　薄き信心

凡人の　年を重ねて　なさざるも
　　　法然上人　七日の参篭

境内に　勇姿を誇る　大楠は
　　　武者を思わす　精あふるる樹

得度せば　小楠公の　菩提寺に
　　　千手観音　守りたまえり

御仏に　仕えるまでの　仏母尊
　　　蓮華精舎の　曼荼羅を編む

竹林の　山に篭もれる　心根は
　　　深き慈愛の　外は知る無き

雪焼けに　猩々袴は　耐え抜きて
　　　時に輝く　金色の精

木像と　なりて目見ゆる　本懐は
　　　人の情の　深き因縁